2022年09月07日

開運の印鑑(天運守護印)とは、どういうものだったか?

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天運守護印、右から認印、銀行印、実印、印泥=朱肉)

霊感商法の話題では、壺と一緒に「印鑑」(天運守護印)のことが出てきます。どういうものだったのか、見ていくことにしましょう。

実印、銀行印、認印の3本がセットになっているのですが、単品でも販売されていました。
印鑑ケース(背ワニ、腹ワニ、トカゲ、印伝、ふじ、牛)、印泥、朱肉、御守袋、印鑑マットなどが付属していました。

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注文を受けた場合、お客様の姓名判断をした上、印面において「春夏秋冬」と「4元素」および「五行」(木・火・土・金・水)を組み合わせた独自の理論に基づいて丁寧に彫刻をしていました。

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橋本懸臣著「生命をあらわす天運守護印」、185頁)
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上記本、177頁)

印鑑は天運観相協会(杉並区浜田山)という所が制作していましたが、もう20数年前に閉鎖しています。
閉鎖の直前に私も立ち会いましたが、多くの人に親しまれていただけに閉鎖は残念なことでした。

いわゆる「被害者」が大勢いるように見せかけるテレビ(ワイドショー)等の影響に対して、こちらも苦情を申し立てていましたが、左翼弁護士や左翼ジャーナリストとテレビの連携はあまりにも強固で、彼らに対応するよりも先に運営が困難になったのです。

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天運観相協会、東京・杉並区にありました)

現在、テレビは旧統一教会バッシング、そして安倍派を中心とする自民党議員のバッシングでにぎわっており、反安倍派たちと山上容疑者の望みどおりに進んでいるように見えます。

霊感商法について言えば、壺などは30年以上前から販売していませんし、安倍政権以降は法改正によってそもそも違法な契約自体が成立しなくなっているのです。

メディアが一部の左翼集団に操られて独走すれば、世界から高い評価を受ける日本の偉大な政治家・安倍晋三先生でさえも、容易に「悪者」に仕立て上げることができる、という恐るべきことが今起きているのです。
これを歴史的教訓として、真の日本を建てなおす勇気を持つ国民的な動きが強く求められていると思います。

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良羽妙学監修・橋本懸臣著「生命をあらわす天運守護印」1981年ライフ社発行)

2022年09月05日

「壺」とは、どういうものだったか?

霊感商法が話題になる時、「壺」(高麗大理石壺)の話がよく出てきます。しかし、壺が実際に販売されていたのは30年ぐらい前のことだし、知っている人でさえ今はもうイメージが湧かないと思うので、少し資料を提示しておきます。

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高麗大理石壺、案内パンフレット、極真会館・大山倍達館長)

大山倍達氏は高麗大理石壺のもつ魅力や美しさを、非常に深く、鋭く感じとっておられた方でした。また、統一教会の教理(統一原理)についても相当深いレベルで理解しておられていました。

1980年代、アメリカで拡大していった極真空手のメンバーの多くは旧統一教会の会員でした。ただ、その後いくつかの流れに分かれてしまったことは残念なことでありました。

大山館長の言葉を引用しておきます。
「この壺をながめるたびに、素手を信じ、空手(くうて)をふるった若いころを思いだす。わが極真拳の『点を起とし、円を終とす。線はこれに付随するものなり』との開眼の感動がよみがえるのである。思うに、武の極致と美の極致とは、同一点からはじまるのではないだろうか。
大理石の不動の重みと空間をつくりだす美しさから、魂が鎮められ、秘めた祈りが感じられる。

私も高麗大理石壺を静かにながめる時、大山館長ほどの深さではないけれども、本当に自然の持つエネルギーというか強いオーラのようなものを感じます。そこに、芸術品が持つ何物にも替えがたい価値があるのではないでしょうか。

こういう感覚はもう、「わかる人にはわかる」「感じる人には感じられる」と言うしかない世界です。単なる石のかたまりと考える唯物論者のような見方では、なかなか理解されない領域なのでしょう(思想信条は自由です)。

では、高麗大理石壺にはどういう種類があったのか、例をあげてみます。

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(高麗大理石壺、種類)

上記の種類以外にも「ミニ壺」(淡いピンクと白色)という小型の大理石壺もありました。約30年前の私の記憶では、李朝瓜型がけっこう人気を得ていたように思います。

ちなみに、統一教会創始者の文鮮明師がゴルバチョフ大統領と会談した際(1990年4月、モスクワ大会)、大統領に渡した壺は、図の一番下にある白い「龍壺」でした。

霊感商法について論じる前提としての唯物論

いわゆる「霊感商法」という言葉は、もともとは日本共産党の「赤旗」が作った造語で、朝日新聞社の「朝日ジャーナル」等がそれについて書き立ててきたものです。

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朝日ジャーナル編「追及ルポ・霊感商法」1987年7月20日、朝日新聞社発行)

いわゆる「霊感商法」について話をする場合、その前提として考えておくべきことは、それを批判する立場の人々の主張はおおむね日本共産党などの「唯物論」(この世は唯々、物質しか存在しないという「心ない理論」)のような考えに基づいている、ということです。

おおざっぱに言えば、世の中はただ物質のみで、ただモノとカネだけで動いている。労働こそが価値を生み出すのであって(労働価値説)、それ以外の芸術的価値などは認めない。絵画の価値なども、絵の具と画材の値段および画家の労働時間によって決まる、という感じの思想です(おおざっぱに書いています)。

ましてや、唯物論では霊的な価値だのスピリチュアルなもの、神秘的な美の価値などは評価されないのです。本当はその問題を抜きにして、いわゆる「霊感商法」を論じることは難しいのです。

霊感商法問題を長年追及してきたという弁護士の紀藤正樹氏は、2022年8月23日のツイッターで「ほんとうにあった怖い話(夏の特別編2022)」(8月20日フジテレビ放送)について、「この種の番組を放送するのは辞めてほしい。いまだに続いているのがわからない。霊感商法に利用されるだけです。テレビは事実に基づき報道すべき」と投稿した、とのことです。

「ほんとうにあった怖い話」という番組には下ヨシ子さんという宗教家・霊能者が出演してコメントをしていたため、紀藤氏によると「放送倫理に反する可能性がある」のだという。
下ヨシ子さんは霊感商法の裁判で敗訴したことがあるらしく、その件を問題視しているのかもしれません。

しかし、裁判というものは被告が敗訴しても被告の言うことの全てが事実でないと否定されるわけではなく、あくまでも提出された証拠に基づいて、裁判官が現行法の認める範囲において損害賠償の程度などを決めるものであって、被告が敗訴しても被告が個人的に信じる思想信条の内容までが侵害されたりはしないのです。

下ヨシ子さんは霊能者として講談社、学研、小学館、徳間書店などから著書を多数出しておられる方ですが、私も読んだことがあります。そして、決していたずらに虚偽を述べて騙しているという印象は受けませんでした。ちなみに、私は霊界があると思っていますし、いろいろな霊現象も起こりうると考えています。

霊感商法というものが、人を騙してお金を稼ぐような意味であるとすれば、それは法によって裁かれなければなりません。
しかし、物の価値というものは決してその制作にかかった労働時間で決まるものではありません。そういう杓子定規で測るような唯物論的な社会を目指すことこそ、恐ろしいのではないかと私は感じます。

丹波哲郎さん宜保愛子さんのように霊界の不思議な世界を説く人々、神秘的な占いを楽しむテレビ番組、人間が持つ霊能力や超能力の解明をめざす人々、本当にあった怖い話を特集する番組など、そういうスピリチュアルな内容について「そんな世界はありえない」と否定するのではなく、「科学では割り切れない世界もあるだろうな」という寛容な精神に満ちた社会こそ、ギスギスしない自由でおおらかな良い社会なのではないでしょうか。