2022年09月05日

電通会長も「世界日報」のインタビューを受けていた。テレビ局は糾弾するのか?

旧統一教会および関連団体に対する激しいバッシングが続いています。
たとえば、「世界日報」のインタビューを受けた国会議員など、まるで犯罪者のように糾弾され、説明責任を厳しく問われる状態です。

ところで、世界日報(サンデー版)で「トップインタビュー」というシリーズが掲載されたことがありますが、2007年6月に電通の代表取締役社長に就任された高嶋達佳氏(現・電通会長)のインタビュー記事が、同年11月の世界日報に掲載されました。

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「SUNDAY世界日報」2007年11月4日、電通社長・高嶋達佳氏)

テレビ(ワイドショー)的にいえば、高嶋会長は反社会的団体のインタビューを受けた“犯罪者”として厳しく責任が問われることになるのでしょう。

ミヤネ屋をはじめとする旧統一教会バッシング番組を流すテレビ局は、電通の高嶋会長に対して同じようにマイクを突き付けて、「あなたは反社会的団体だと気付かなかったのですか?」「なぜインタビューに応じたのですか?」と厳しく問いたださなければならないでしょう。そうしないと、不公平ではないでしょうか。

しかしながら、世界日報が反社会的団体であったとすれば、当時の電通社長が絶対にインタビューに応じるわけがないし、仮にそんな重大なことに“天下の電通”が今まで15年間も全く気づかなかったとすれば、電通は完全に間抜けな企業ということになってしまうでしょう。ありえないことです。

「トップインタビュー」の記事をあとお二人ほど、掲示しておきます。
まず、スペイントヨタ会長、イタリアトヨタ会長などを経て、2007年に初代の郵便事業会社会長に就任された北村憲雄氏です。

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「SUNDAY世界日報」2007年11月11日、郵便事業会社会長・北村憲雄氏)

お二人めは、りそなホールディングスの檜垣誠司社長(2013-2014年、りそな総合研究所理事長)です。

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「SUNDAY世界日報」2007年6月17日、りそなHD次期社長・檜垣誠司氏)
posted by むちゅう at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | マスコミ・メディアの問題

「壺」とは、どういうものだったか?

霊感商法が話題になる時、「壺」(高麗大理石壺)の話がよく出てきます。しかし、壺が実際に販売されていたのは30年ぐらい前のことだし、知っている人でさえ今はもうイメージが湧かないと思うので、少し資料を提示しておきます。

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高麗大理石壺、案内パンフレット、極真会館・大山倍達館長)

大山倍達氏は高麗大理石壺のもつ魅力や美しさを、非常に深く、鋭く感じとっておられた方でした。また、統一教会の教理(統一原理)についても相当深いレベルで理解しておられていました。

1980年代、アメリカで拡大していった極真空手のメンバーの多くは旧統一教会の会員でした。ただ、その後いくつかの流れに分かれてしまったことは残念なことでありました。

大山館長の言葉を引用しておきます。
「この壺をながめるたびに、素手を信じ、空手(くうて)をふるった若いころを思いだす。わが極真拳の『点を起とし、円を終とす。線はこれに付随するものなり』との開眼の感動がよみがえるのである。思うに、武の極致と美の極致とは、同一点からはじまるのではないだろうか。
大理石の不動の重みと空間をつくりだす美しさから、魂が鎮められ、秘めた祈りが感じられる。

私も高麗大理石壺を静かにながめる時、大山館長ほどの深さではないけれども、本当に自然の持つエネルギーというか強いオーラのようなものを感じます。そこに、芸術品が持つ何物にも替えがたい価値があるのではないでしょうか。

こういう感覚はもう、「わかる人にはわかる」「感じる人には感じられる」と言うしかない世界です。単なる石のかたまりと考える唯物論者のような見方では、なかなか理解されない領域なのでしょう(思想信条は自由です)。

では、高麗大理石壺にはどういう種類があったのか、例をあげてみます。

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(高麗大理石壺、種類)

上記の種類以外にも「ミニ壺」(淡いピンクと白色)という小型の大理石壺もありました。約30年前の私の記憶では、李朝瓜型がけっこう人気を得ていたように思います。

ちなみに、統一教会創始者の文鮮明師がゴルバチョフ大統領と会談した際(1990年4月、モスクワ大会)、大統領に渡した壺は、図の一番下にある白い「龍壺」でした。

霊感商法について論じる前提としての唯物論

いわゆる「霊感商法」という言葉は、もともとは日本共産党の「赤旗」が作った造語で、朝日新聞社の「朝日ジャーナル」等がそれについて書き立ててきたものです。

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朝日ジャーナル編「追及ルポ・霊感商法」1987年7月20日、朝日新聞社発行)

いわゆる「霊感商法」について話をする場合、その前提として考えておくべきことは、それを批判する立場の人々の主張はおおむね日本共産党などの「唯物論」(この世は唯々、物質しか存在しないという「心ない理論」)のような考えに基づいている、ということです。

おおざっぱに言えば、世の中はただ物質のみで、ただモノとカネだけで動いている。労働こそが価値を生み出すのであって(労働価値説)、それ以外の芸術的価値などは認めない。絵画の価値なども、絵の具と画材の値段および画家の労働時間によって決まる、という感じの思想です(おおざっぱに書いています)。

ましてや、唯物論では霊的な価値だのスピリチュアルなもの、神秘的な美の価値などは評価されないのです。本当はその問題を抜きにして、いわゆる「霊感商法」を論じることは難しいのです。

霊感商法問題を長年追及してきたという弁護士の紀藤正樹氏は、2022年8月23日のツイッターで「ほんとうにあった怖い話(夏の特別編2022)」(8月20日フジテレビ放送)について、「この種の番組を放送するのは辞めてほしい。いまだに続いているのがわからない。霊感商法に利用されるだけです。テレビは事実に基づき報道すべき」と投稿した、とのことです。

「ほんとうにあった怖い話」という番組には下ヨシ子さんという宗教家・霊能者が出演してコメントをしていたため、紀藤氏によると「放送倫理に反する可能性がある」のだという。
下ヨシ子さんは霊感商法の裁判で敗訴したことがあるらしく、その件を問題視しているのかもしれません。

しかし、裁判というものは被告が敗訴しても被告の言うことの全てが事実でないと否定されるわけではなく、あくまでも提出された証拠に基づいて、裁判官が現行法の認める範囲において損害賠償の程度などを決めるものであって、被告が敗訴しても被告が個人的に信じる思想信条の内容までが侵害されたりはしないのです。

下ヨシ子さんは霊能者として講談社、学研、小学館、徳間書店などから著書を多数出しておられる方ですが、私も読んだことがあります。そして、決していたずらに虚偽を述べて騙しているという印象は受けませんでした。ちなみに、私は霊界があると思っていますし、いろいろな霊現象も起こりうると考えています。

霊感商法というものが、人を騙してお金を稼ぐような意味であるとすれば、それは法によって裁かれなければなりません。
しかし、物の価値というものは決してその制作にかかった労働時間で決まるものではありません。そういう杓子定規で測るような唯物論的な社会を目指すことこそ、恐ろしいのではないかと私は感じます。

丹波哲郎さん宜保愛子さんのように霊界の不思議な世界を説く人々、神秘的な占いを楽しむテレビ番組、人間が持つ霊能力や超能力の解明をめざす人々、本当にあった怖い話を特集する番組など、そういうスピリチュアルな内容について「そんな世界はありえない」と否定するのではなく、「科学では割り切れない世界もあるだろうな」という寛容な精神に満ちた社会こそ、ギスギスしない自由でおおらかな良い社会なのではないでしょうか。