2022年08月27日

元テレ朝の司会・利根川裕氏が、統一教会の月刊誌で語ったテレビの「虚と実」

元テレ朝のメインキャスター・利根川裕氏は、統一教会の月刊誌「新天地」(1994年5月号)「テレビの虚と実」というテーマについて、ご意見を述べておられます。
利根川氏はテレ朝の「トゥナイト」の司会を1980年から1994年まで務めたベテランですから、テレビの持つ「虚」も「実」も熟知しておられるのでしょう。

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統一教会発行「新天地」1994年5月号、6頁写真)

ところで「新天地」という月刊誌は一般には流通しておらず、おもに信者が購読していたものです。発行人は「統一教会(世界基督教統一神霊協会)」、発行所は「(株)光言社」です。

文章が長いので要約すると、利根川氏はテレビが持つ「虚と実」を3つにまとめています。
以下、引用します。

「まとめると、第1に、テレビという存在は、ニュース・ショットのような場面でも、それは『素顔』のままの事実ではなくて、ウラには演劇的要素があるのではないか、すなわちテレビというものは演劇性をもっているのではないか、ということ。2番めに、こういうものだというイメージを優先して、事実ではなくイメージで視聴率を引きずっていく、そういう情報媒体ではないか、ということ。3番めに、視聴者を傍観者にして、事実すべてをゲームかゴッコのように見させてしまうのではないか、ということです。
以上の3つがテレビが本質的に抱えている虚と実、あるいはウソとマコトだと思います。これが、映像で訴えるテレビが本質的に持つ武器であり、弱点ともなっていると思います。(統一教会発行「新天地」1994年5月号、8頁)

ここで利根川氏がおっしゃることを列挙すると、テレビという情報媒体は・・・
(1) 事実を演劇化する
(2) 事実ではなくイメージ化して視聴率を引きずる
(3) 視聴者を傍観者にして事実をゲーム化する
という3つの問題点を持っている、と読むことができます。

そして、現在日本の世論を実質上、自由自在に操作できる一種の権力を持ってしまったワイドショーについても、利根川氏は指摘しています。

「ワイドショーとなると、これがなかなかのクセモノで『事実そのまま』のように伝えながら、実は先に僕が挙げたような演技操作だとか、イメージ操作だとか、いかに面白おかしくゲーム化するかという手法を、ふんだんに盛り込んで成立している。さらには、10年前だったらワイドショー性を排除していたストレイティブな情報番組やニュース番組でさえも、最近ではだんだんワイドショー的になってきつつあります。(同誌、9頁)

利根川氏は今から28年も前に、テレビが「事実」をイメージで面白おかしくゲーム化し、ニュース番組でさえワイドショーのように事実をそのまま伝えなくなっていることを警告していたのです。

この月刊誌「新天地」が発行された時期は、まさにワイドショーが統一教会について面白おかしく、得意の演劇性・イメージ化を利用して「実」を「虚」にして視聴率稼ぎに専念していた頃でした。

現状を見ると、今はもう利根川氏のようにテレビという情報媒体について冷静な見方のできるテレビ関係者は一人も存在しないのでしょう。

そして今日もまた、利根川氏が指摘したとおり、テレビは事実をねじ曲げ、ゲームのように面白おかしくイメージ化して、視聴率をせっせと稼ぐことに専念するのでしょう。

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統一教会発行「新天地」1994年5月号、9頁)
posted by むちゅう(江本武忠) at 08:35| Comment(0) | マスコミ・メディアの問題